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2005年 11月 27日

どうしたら

いつものごとく戯言更新です。
滅多に更新しないくせに、戯言(苦笑)でもま、だいぶさびれた個人HPなのでよしとします。

最近は、何かにつけて自信喪失してます。・・・人には分からないようなささいなこともあるし、よく目立つこともあるけれど、何1つとして満足いく結果を残せません。やはり1つ1つのことで、自分の納得がいく結果を出せないと、どんどん自信っていうものは無くなっていくんですね。その原因が、努力不足なのか、才能がないのか・・etcわからないんですけどね。

カナダに留学していたときも、常に自信はありませんでした。Second languageってだけで、相当なハンデを背負っていたし。経験も知識も足りない、勤勉さもイマイチ、みたいな(苦笑)傍から見れば順風満帆な留学生活ですが、私の場合は、決して出来はよくなかったけど、それでも必死でくらいついて、ぎりぎりふんばっただけだと思います。大学院留学してただけで、「凄い」と思う人は沢山いるけど、中身はそんなもんです。

だけど、その頃は自信はないのに、何か自信はあったんです。矛盾しているようだけど。カナダ人のメンタリティに影響されたのかもしれません。完璧でなくても、人は欠けた部分があって当たり前で、それでも「自分」という存在に胸張って生きるのが「当たり前」だったから。ときどき、たいした努力もせずに自信満々っていう困ったチャンもいるにはいましたが・・。けれど「自信無さそう」にしているのはそれだけでマイナスです。自分でできるだけのことをしたんだから、それに対して最低限の自信を持つようにするのは、大切なのかもしれません。

「謙虚でいる」のと「自信が無い」のは同じじゃないですよね。自信持った上で、さらに謙虚でいたいんですが。何1つ上手くこなせないとなると、自分に対する不満ばっかりたまりますね。多分、この不満を払拭するには、自分が納得いくまで最大限の努力を払うしかないのかな。それでもダメなら、不満の原因になってることを素直に「無理」と認めて、諦めるしかないんでしょうね。そんな風に思います。
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by philosophia_nash | 2005-11-27 23:57 | Miscellanea
2005年 11月 08日

徒然なるままに・・

諸事情により、昨日から姉が両親の元へしばし休暇の旅へと発ちました。私は前からそれを一番勧めていたので、何かよい方向に作用することを願ってます。

引越しだけでも大変ですが、一度社会人として独立してからその国を離れようとすると、思いのほか様々なことが気になります。それは、長期不在にする間の携帯電話の契約から、留守の間の光熱費や家賃の引き落とし体制、ネットバンキングできるようにする手続き・・そして友達への連絡まで様々。離れる前は本当にバタバタです。そして、いない間に開催される色々なイベント等に後ろ髪を引かれつつ、去るのです。

ですが、この苦労をしてでも今いる場所を長期離れてみるのは、思いのほか静養になります。心の整理とでもいうのでしょうか。1週間前まで自分の生活の大半を占めていたことが、無くなってみればなんてことない、無くても平気だったり。自分の心を捕らえ苦しめていたものが、実はたいしたことないと気付いたり。

全部無くなって、身一つになると自ずと自分の人生に大事なものと、そうでないものと判別できるようになってきます。心を紛らわすものがない分、最初は不安で、悩みがさらに大きくなったりするのだけど、考えて考えて考え抜く時間があると、やがてパっと解決したりもします。

私から見れば、このプロセスはカウンセリングよりずっと効果があります。自分の問題には自分で向き合わないとね。何か答えを見つけてくることを祈ってます。出る間際に姉は私に「あんたならきっとどんな仕事でもできる」と言ってたのですが、数年前やはり姉に「あんたを雇って社会人にしてくれる会社なんてあるかね」と言われたことを思うと、私のカナダ効果もまんざらではなかったと思います。

よく「生きる力」なんて言われている概念がありますが、あれは私は本当にあると思うんです。それはまた、一度無くして初めてそこに「あった」ことに気付くようなもので・・。そして一度無くすと取り戻すのはとっても大変。どうやって取り戻すのか。・・多少は考え方を変えないと無理かもしれないとも思います。理想的な生き方というのが世の中にはあるけど、どうやってどんな風に生きても、1つの人生で。そしてどんなに偉い人も、何もせず淡々と毎日を送った人も、夢だけを追いかけた人も、誰かのために生きた人も、生まれつきハンディキャップを負った人も、人生は約80年です。もっと長いかもしれないし、短いかもしれないけど。それはわからない。どう生きても間違いじゃないと思うんです。こうなりたい!と思うなら、なるべくそれに近づければいいし、ないならないで今の自分や自分が幸せな瞬間を大事にして生きればいい。自分が幸せになれば、周りもやがて幸せになるもんだと思います。

病気にならず事故に遭わず、好きなことをして生きていられるのって相当ラッキーだと最近私は思うのですが、そんならそのラッキーな人生、思う存分生きてやろうと思えるかどうかだと思います。自国を離れれば、自分と価値観の全く違う世界が広がり、そして自分の思ってた「人生」って数あるうちのたった1つの選択肢にしかないって気付けます。これがダメでも終わりじゃない。カナダではよく「It's not the end of the world」ってフレーズが使われてました「大丈夫、とりかえしはつくよ!」という意味です。実は他にいくらでも生き方はある。生きている間に色々と試したっていい。1つだけに決めて頑張ってもいい。こうゆう柔軟性を大事にしたいと思います。んまぁ・・私は整体師さんにも「日本人にしちゃ珍しく背骨の下部がきちんとカーブしてるので柔軟な考え方が出来る人だ」と言われたので、生まれつきそうゆう性分なのかもしれませんが。そんな私にすらガチガチの時期がありました。

時々振り返って考えながら、自分の人生愛していきたいと、そんな風に思う寝不足の今日です(笑)
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by philosophia_nash | 2005-11-08 22:29 | Miscellanea