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2008年 06月 24日

なぜ”メタボ”は浸透したのか

すっかりお馴染みとなった”メタボ”
帰りの電車でも、中吊り広告を見ながらメタボの話題でひとしきり盛り上がる会社員達を目撃。
けっこうよくある風景。正式な定義をいちいち覚えていなくとも、"メタボ"が一体何のことだか分からない人は少なくなったと思う。

不思議なのは"肥満"という単語の場合は「オレ(私)肥満かも」なんて平気で言える人は少ないのに、メタボの場合は「オレ(私)メタボかも~心配~」と言っている輩が沢山いること。最も健康に危機感を持っていっている人は僅かで、多くは外見を気にしているからなのだけど。(色々な意味で)さすが日本人。ちなみに女性の場合、メタボの定義でいけば、心配する必要のある人は、実際そういない。若い人ならなおさらで、うちの姉も例にもれず心配していたけど、日本のそこら辺のお店で洋服買って入るうちは心配無用と言っておいた。

メタボは略語で、「メタボリック・シンドローム」の先頭3文字だが、その3文字だけ一人歩きしているようにすら感じる。代謝異常の1つなのに、随分気軽にメタボメタボ言われるようになったもんだなぁ、えらいマーケティングされたなぁと思う。外見を気にする日本人の弱みに付け込んだ(?)かのようなメタボの測定を組み込んだ特定健診は、するりと今年度義務化された。健康食品・製品を作っている会社もメタボ対策!として商品を売りやすくなったし、健康ブームの中でこれほど便利な単語もないのだろう。"メタボ"は特定健診の話はさておき民間企業によって大々的に宣伝され、市民権を得てしまった感がある。制度自体も、市民からみれば腹部を測るだけに思え(そうっちゃそうだけど、実はそれだけじゃない)、健診で腹部を測られて嫌がるのは若い女子くらいだからか(因みに実は自己申告でも可)。

一方で、話題の「後期高齢者医療制度」。制度設立の法案自体は2年前に承認され、今年度実施されることはずっと前から決まっていたのにこの騒ぎよう。法案通過の時にこれだけ騒ぐなら妥当だけど、今騒ぐのはちょっとおかしい。バッシングすべきは行政の準備不足で、制度自体ではない。ついでに呼び名は制度設計そのものとは関係ない。

「後期高齢者」は学術用語で、単純に65歳以上としていた高齢者の定義を、平均寿命の延びに応じて、75歳を境に「前期」と「後期」に分けただけのこと。制度が75歳以上を対象にしていたから「後期高齢者医療制度」であり、そこには何の意図も感情もない。ネーミングセンスが無いと言われればそれまでだけど、ずばりと制度の概要を表すネーミングではある。

制度自体もそんなに悪くない。もとは高齢者の重複受診・服薬防止などを考えた「かかりつけ医」制度が根底にあり、それと高齢化率の地域差による負担の地域格差を解消することが目的だったと私は思ってる。ついでに国民健康保険の問題点である未納問題も解決。そもそも会社員の私から見れば、税金は納付するより天引きの方が、錯覚ではあるが負担感は少ないし、利便性も高い、いやむしろ天引きでなければこんなに保険料を払うのは嫌だとすれ思う。これらの点から、私はこの制度そんなに悪いとは思わない。

いずれにせよ、後期高齢者医療制度はマーケティングに失敗した。国民が直接的に関わる、しかも命にも関わるような大事な制度の大きな転換にしては準備時間が短すぎたのだろう。人づてに、制度の広報に●通さん等が使えないお役所事情も聞いたけど、それにしても「時が来れば制度が施行されて、いずれにせよ提供者も国民はそれに付いてくるしかないよね」的準備の在り方はいただけない。制度施行の半年~三か月前に新しい保険証が届くのが当たり前である。民間企業なら倒産確実ではないか。その点は、大きな反省点なんだろうと思った。反省してくれればいいのだけど。
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by philosophia_nash | 2008-06-24 02:35 | Work


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